2014/03/27

秒速5センチメートル

どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか。





過去には戻れないけれど、それでも毎年春が来てその人を思い出し、なんだか一人だけ取り残されている気分になる。
そんな映画です。

※以降はネタバレですが...

"来年も一緒に桜見れるといいね"

桜舞い散る中、当時小学生だった仲の良かった子は踏切越しにそう言った。

好意を持っていた子が転校し、主人公も転校するにあたって、心ここにあらずのまま話が展開していきます。
それでも一部は相手がいてお互いの距離を物理的にも精神的にも感じながらコミュニケーションをしていくが、話が進む中、相手(女性)は気になりつつも自分のストーリーを作っていきます。

一方、主人公は年齢的にも多様な時期で現実への気持ちが追いつかず、実感がないような、時間だけが過ぎていき、目の前のことがまるでテレビの前で眺めているかのような、でもこの行き場のない気持ちをどうしていいのかわからないまま。隣に自分を慕っている存在にも気づかず、どこか遠くに意識を飛ばしている状態が、空や宇宙に向かっている描写となってあらわれています。お互い、気兼ねなく話せて相手は恋愛感情を持っているが故に主人公の気持ちを察して最後まで告げず二部は終わります。

社会人になり、働いたり付き合ったりとで一見充実した生活を送っているようにみえて、主人公は昔のできなかった続きをどこかで追い求めているような、けれどそれは、それでもできない現実を知りつつジレンマに陥って行きます。
もう何もかも変わってしまったんだと。

ただ、自分の中には何一つ変わっていない変われなかった想いや気持ち。

どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか。

そしてそこから動き出せなかった、取り残されたような自分が動き出せるのか。


都内で見る何度目かの春。
桜が舞い散る中、踏切のすれ違い際に出会います。
お互い気づいて踏切越しで電車が通る前に振り向くシーンがあり、けれど電車が行った後には相手はもういない。

そこからようやく主人公は動き出します。


おそらく冒頭の"一緒に桜が見れた"から。
ここにもう、今までの想いや気持ちの全てが入っているように感じられ、続けられなかったことがようやく自分と一体になって続けていくことができるのではないかなと思います。

昔は向き合って話しかけてたけれど、相手はもういない。
ここに時の流れを感じ、自分も歩き出す。

桜の落ちるスピードはゆっくりだけど、自分もゆっくりでいいから進んで行こう。


そういう解釈をしましたが、どうでしょうか。
前置きが長くなりましたがたまたま年末にブログもろもろ桜を基調に変更して、この話と自分の過去が似通っているせいもあり、感慨深くていつか書いてみようと思っていたのです。

もうつぼみが大きくなり、あと数週間もすればまたあの季節がやってきますね。
桜は代名詞でもあるなと感じます。


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